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【プロレスリングWAVE 旧姓・広田レジーナさくら(1)】テレビで観たプロレスの技を「私も掛けられたい」

会場に足を運んでくれたお客さん全てを笑顔にするレスラー、旧姓・広田レジーナさくら。彼女はコスプレを武器に観客を良い意味で裏切り続ける。著者は初めてプロレス観戦する人に「誰を見たらいいの?」と聞かれると「広田選手」と答えている。難しいことを考えなくても、分かりやすく観客を楽しませてくれるレスラー。今回は広田選手が「プロレス界に入る前」の話。

――広田さんは小さい頃、タレントを目指していたのですか?

広田:地元名古屋のNHKの番組「中学生日記」に、たまたま出演していただけでタレント活動していたわけではないです。ソフトボール部に所属していた普通より、ちょっとだけ目立ちたがりやの中学生でした(笑)。

――小さい頃どんな子供でしたか?

広田:地元のヤンキー的な感じでした。原付に乗り夜学校のプールに入るくらいですけど(苦笑)。うちは母子家庭、でも高校に進学したかった。ただ中学時代ほとんど勉強していなかったので授業料が高い私立にしか入れなかった。

 「これ以上母に迷惑をかけられない」と思い一念発起、中学の夏休みから猛勉強したら下から4番目だったのが進学校に入学できるレベルまで成長したんですよ。元は出来る子だったみたいで(笑)

 それで本当に公立の進学校に入学できました。でも私みたいに中学3年間の2.3ヶ月だけ集中して勉強した人が入学しても追いつけないレベルでした(苦笑)。結果的に高校1年の夏休み前に辞めました。そこから昔の居心地のいい仲間と遊び始めました。

 そんな時、買っていたインコが病気になり「このインコを助けられるよう動物に携わる仕事がしたい」と思い地元の東山動物園で働きたいと思いました。しかし、そのためには地元・愛知県安城市にある安城農林高等学校を卒業する必要があります。

 当時、農業高校は進学校から比べたら競争率も低く、割と簡単に入学できました。ただ家から安城農林まで通学時間が片道約2時間かかりました。農業高校なので牛の当番の日は6時に学校に到着しなければいけないため、朝4時には家を出る。お母さんに弁当を作ってもらい駅まで送ってもらう生活で、結局迷惑をかけてしまいました(苦笑)。

 入学した時、他の生徒より一歳年上で、周りから「姉さん」と慕われ違和感があったのと、すでにインコも死んでいたので通学する理由がなくなっていた。この高校も2ヶ月で辞めました。

――そんな広田さんがプロレスに興味を持ったキッカケは?

 当時17歳、遊んでいた友達も大学進学や就職を考え始めた。高校を2度辞めている後ろめたさもあり、友達とは疎遠になりました。そんな時、たまたま見たのが女子プロレス。それまでアジャコングさんと北斗晶さんくらいしか知らないレベル。

 WOWOWでJWPの試合が放送されていました。その時体の大きい選手が体の小さい選手を担ぎ上げ技をかけていました。それを見て「私もこの技を掛けられたい」と思いました。

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