paleyouth(ペールユース)のリーダーとしてユニットを束ねる正田壮史
◼️安心できる場所を離れた理由
――以前所属していたSCHADENFREUDE Internationalには、クリス・ブルックス選手をはじめ、直接アドバイスをくれる先輩がいました。そこからペールユースを立ち上げましたが、当時は期待と不安のどちらが大きかったのでしょうか?
正田:僕自身がネガティブな人間なので、ものすごく不安でした。
ただ、不安だからといって飛び込まず、また別のユニットへ行くというのは、自分のなかでは筋が通らないと思ったんです。

SCHADENFREUDE Internationalを辞めたのも、そこで安心しきっていた自分を変えたかったから。いつも守ってくれる先輩がいて、的確なアドバイスをしてくれる先輩がいる。周りが先輩ばかりという環境のなかで、どこか安心している自分がいました。
次第に、戦う上での緊張感も薄れていた。だからこそ、ユニットを抜ける決意をしたんです。
そこから別のユニットへ移るという発想は、まったくありませんでした。一人で走り続けるか、自分が主体となって何か新しいことを始めるか。その2つの選択肢しか考えていなかったですね。
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