「カヌーは生涯スポーツ」――それが、大城良介さんと妻・智子さんの合言葉
後編では、日本カヌー連盟カヌーポロ競技運営委員会 副委員長として未来を切り拓く、大城良介氏の「仕掛け人」としてのビジョンに迫ります。ルールが分かりやすく誰もが熱狂できる「カヌーポロ」が秘めた圧倒的な可能性、かつて地元の居酒屋で若き指導者たちと交わした熱い誓い、そして競技の垣根を越えて広がる新たな挑戦まで。カヌー界の「壁」を壊し、誰もが一生楽しめる未来を目指す、次世代へ繋ぐ未来へのメッセージとは…(取材・文/大楽聡詞)
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◼️「三好のカヌーの未来について考える会」――昭和食堂での熱い誓い
――みよし市では、部活動の地域移行も先駆けて行っているそうですね。
大城:現在、土日の部活動は完全に地域へ移行しています。この「部活動の地域移行」の運営を担っているのが「市のカヌー協会」です。協会では、カヌー経験者であるOB・OGの大学生や社会人が指導者となって、地域全体で子供たちを支える体制をまわしています。
これも「カヌーが楽しい」という土壌があってこそですが、実は10年ほど前、三好のカヌー文化が少し廃れそうになった危機的な時期があったんです。
――そんな危機があったんですね。
大城:その時、東京から戻ってきた鈴木一生(現・女子カヌーポロ監督)らと、「三好のカヌーの未来について考える会」を開こうと、地元の「昭和食堂」という安居酒屋に集まりました。
私や一生、妻の智子の呼びかけで、みよしの若手メンバー15、16名ほどが顔を揃えたんです。後のキーマンとなる田村一樹や柴田晴行らもいましたね。
当時は、少子化による競技人口の減少や、市の補助金に頼り切った運営体制に限界を感じていました。「10年後、20年後の三好のカヌーをどうするか」「自分たちがしてもらった恩をどう返すか」。
これからは経験者が指導や運営、審判など、それぞれの得意分野で主体的に関わり、自分たちの手で三好のカヌーを守っていかなければならない。そんな僕のイメージを一生が綺麗に取りまとめて皆に話してくれました。
あの夜、昭和食堂で飲みながら熱く誓い合った想いこそが、現在の三好のカヌー運営や、全中などのビッグイベントを自分たちの手で支えていく“覚悟の原点”だったんです。
