限界を突破し、ありのままの姿で舞う。梅津絵里がフロアで見出した輝き続けるための哲学
■未来を見据えたビジョンと、次なるステージへ
梅津さんは50歳という節目に向けた長期的な目標を掲げている。体調の波を受け入れ、無理に抗うのではなく「流れに身を任せる」。しかし、その根底には「こうなりたい」という具体的で強い理想像が刻まれている。
パラダンスで世界を目指すアスリートとして、そして困難に立ち向かう人々の光として。記憶を失ったあの日から始まった「第2の人生」は、今、最も美しく、そして自由な旋律を奏で始めている。

■続きはYouTubeチャンネル・Podcastで
番組本編では、伊津野氏も感嘆した旦那様との絆や、梅津さんが描く「50代の理想像」について、さらに踏み込んだトークが展開されている。 失うことを恐れず、今ある光を掴み取る彼女の生き様。その生の声を、ぜひ動画と音声で確認してください。
YouTube:BEYOND THE LIMITS #2――梅津絵里が語る「絶望を希望に変える覚悟」
Podcast:BEYOND THE LIMITS #3――「また1から、楽しいことを始めよう」
伊津野 亮(いづの りょう)/ナレーター・実況・ラジオDJ
熊本県出身。「『ぷっ』すま」「ウッチャンナンチャンの炎のチャレンジャー」「ボウリング革命 P★League」など、数々の人気番組で唯一無二の存在感を発揮。圧倒的な熱量と重厚な低音ボイスを武器に、現在はbayfm等のラジオ番組や テレビの第一線で活躍。後進の育成にも尽力する「声」のスペシャリスト。
梅津絵里(うめつえり)/パラダンスアスリート
26歳の時、指定難病である「全身性エリテマトーデス(SLE)」を発症。28歳から34歳までの6年間、脳の炎症により意識不明の状態が続き、人生の黄金期を病院の天井だけを見て過ごす過酷な闘病を経験する。2020年、腰の手術後に病気が再燃し、再びICU(集中治療室)へ。一時的に記憶を失い、家族の顔すら忘れてしまう極限状態に陥るも、奇跡的な生還を果たす。幾度の生命の危機から立ち上がるその姿から、周囲やフォロワーの間では「不屈のフェニックス(不死鳥エリ)」と呼ばれている。2024年1月よりパラダンス スポーツ選手として本格的に始動。モットーは「失ったものを数えるのではなく、今あるものでどう輝くか」。
記事/大楽聡詞
編集/まるスポ編集部
>>> 2度の「死」を乗り越えた“不屈のフェニックス”――梅津絵里(パラダンスアスリート)が語る「今あるもので輝く」理由
