【写真家 渞 忠之(ミナモト タダユキ)】自分が美しいと思えるものを撮りたい

――一般的には「ファンションに強いカメラマン」「建物撮影が得意なカメラマン」というようにジャンル分けされているように思っていたのですが、渞さんは人物・風景・建物等、カテゴリーを決めずに撮影していますよね。

渞:僕は自分が美しいと思えるものを撮りたい。そこにジャンルは存在しないんです。建築なら美しく建築を撮りたいし、人なら美しく人を撮りたい。僕にとっては同じなんです。

大学の時、「自分は写真でやっていこう」と決めたのはカメラマンであるアーヴィング・ペンとリチャード・アヴェドンの写真に出会えたからです。特にアーヴィング・ペンは人物も撮るし物撮りもする。その境がなくジャンルを超えて美しい写真を撮り続ける人でした。だから僕には「なぜジャンルで分けるのか」が理解できなかった。

僕が求めているのは「文化」です。ファッションも文化。ヨーロッパのファッションはみんな文化ですよ。オートクチュールから始まってプレタポルテ全て、人間が豊かになるための文化活動だと思っています。そこが日本のファッションにはなかったように感じます。

ファッションを撮り始め、イベントや季節ごとの撮影をしても自分の写真が残らなかった。自分は何のためにカメラマンになったのか、分からなくなりました。そんな20代前半、スポーツ雑誌Numberに拾われました。でもその当時の僕は力不足。それでせっかく出来たNumberとの関係も疎遠になってしまいました。

その後、ファッションや広告の仕事が多くなり30歳手前でアシスタント2人、割と勢いがあった時期でした。でも自分の中で「やりたいことじゃない」と迷いが生じました。それで事務所を解散、約1ヶ月パリに行きました。そこで一度自分をリセットし自分の気持ちと向き合いました。その結果、「やはり自分は人物を撮りたい」と気付きました。帰国後、Numberの編集部に向かいました。その当時知り合ったのが柳澤健(旧姓・広田さくら公認ファンクラブ会長)です。

Numberで仕事をした編集者が別の部署に移動になると、今度はその部署から仕事を頂きました。「こいつに建築を撮らせたら面白いんじゃないか」とか「こいつの視点で物撮りさせたら面白いんじゃないか」と色々な仕事を経験させてくれました。あれですごい自信がつきましたね。「ジャンルを超えて仕事ができるんだ」と確信しました。

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