元楽天イーグルスアカデミーでコーチをしていた経歴を持つ愛澤No.1
◼️鼻中隔腫瘍摘出手術と復帰、リーダー・北斗の「男気」
――2024年6月、鼻中隔に腫瘍が見つかり、同年8月に摘出手術。一時的に北斗軍から離れました。
愛澤:摘出手術前、正直自分も「どの程度で戻れるのか」「どれくらいリハビリに時間がかかるのか」が全く分からなかったんです。
たまたま、うまくいってすぐに戻ることができた。仙台サンプラザ大会の後、手術に向けて準備を進めている時期に、北斗さんが「お前の場所は俺が守る。だから別の敵と戦って、勝って戻ってこい」と言ってくれた。
本当にこの人は「魂のリーダー」だなと強く感じましたね。

――そのリーダーの元には、一癖も二癖もある他花師選手や羆嵐選手、そして日本人レスラーだけではなくサイラスやタロース、ハートリー・ジャクソンも集まり、一時期全日本プロレスの中で最大派閥になりました。
愛澤:当時、サイラスやタロースが入ってきて、超重量級のメンバーばかり。一番大きかったのは、彼らと一緒に行動を共にし、戦いを通じて育ててもらえたことです。
普段なかなか外国人選手と関わる機会がないので、プロレスラーとしてすごくプラスになりました。
言葉の面では、英語ができないので意思疎通は難しかったですけど、言葉にない部分で通じ合えるところが結構あり、「仲間っていいな」と感じましたね。
今年5月17日の大田区大会で、リーダーから「北斗軍を続ける意味がない」と言われました。僕としては2015年の復帰後、約2年間もユニットに所属したのは初めての経験です。もちろん愛着もありますし、「愛澤 No.1」という名前をプロレスファンに知ってもらったきっかけでもあります。
だから元メンバーである羆嵐からベルトを奪取し、“落ちこぼれ”と言われた自分が羆嵐に挑み、ベルトを獲る奇跡を起こすことで、『北斗軍にいれば自分のようなレスラーでも結果を残せる』ということを証明したかった。
それでベルトへの挑戦を表明しました。
<後編に続く>
愛澤No.1(あいざわナンバーワン)
1984年生まれ、宮城県塩竈市出身。中学から陸上で活躍し、仙台工時代には高校駅伝で東北大会出場を果たす。石巻専修大在学中にプロレスへの憧れを捨てきれず、学生プロレスを経て2007年に「みちのくプロレス」でデビュー。2011年からは4年間、楽天イーグルスアカデミーコーチを務める。指導者として「夢を持って」と伝える中で「まずは自らが夢を叶える姿を見せたい」と一念発起し、契約更新を行わず現役復帰を決意。菊地毅らの指導を受け、2015年11月に全日本プロレス仙台大会でリングへ復帰した。現在はフリーとして活動し、シニアスポーツインストラクターの顔も持ちながらプロレスを通じて東北の活性化に情熱を注いでいる。
<インフォメーション>
8月9日(日) 東京・後楽園ホールで「熱闘!サマーアクションウォーズ2026」が開催。詳しくは全日本プロレスWEBサイトをご確認ください。
編集/まるスポ編集部
写真/全日本プロレスリング
