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「一面対抗戦」開催の背景:10年越しの因縁
6月9日、後楽園ホールで「DDTプロレス×新日本プロレス 一面対抗戦」が開催。団体同士の「全面対抗戦」ではなく、スーパー・ササダンゴ・マシンと矢野通による、“一面”に特化した対抗戦は業界初。
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一面対抗戦のきっかけは、約10年前に遡る。2015年8月DDT両国大会、DDTのHARASHIMAは新日本の棚橋弘至に敗北。試合後、棚橋の「全団体を横一列に見てもらったら困る」という発言が波紋を呼び、両団体間に亀裂を生んだ。
この亀裂を修復しようと動いたのがササダンゴだった。同年11月、DDT後楽園大会でHARASHIMA・大家健と棚橋・小松洋平(現・YOH)によるタッグマッチを実現した。この試合でHARASHIMAが小松に勝利。試合後、棚橋がDDTに謝罪し、両団体の関係は修復されたかに見えた。
しかし、8月に勝利していたはずの棚橋が謝罪したことに、矢野をはじめ新日本側は反発。DDTも、棚橋には直接勝利できていないことから、両者の溝はさらに深まってしまった。
ササダンゴは当時のことを、「丸く収めたつもりだったけど、丸く収めた “だけ” だった」と振り返る。それから約10年、両団体間の交流は途絶えたまま。だが、最近になって再び交流の芽生えが見え始めた。「今なら」と、ついに一面対抗戦が実現したのだった。