【DDTプロレス 彰人】副社長とレスラー、2つの肩書き(後編)

――3日前で2時間分の台本を覚える方は大変ですね。

彰人:芸能関係や演劇関係の方が観に来てくれますが、内情を話すとビックリされますね。通常は2、3ヶ月練習期間があって、1ヶ月前にはキッチリした台本が出来上がる。そして地方何ヵ所何十公演行ったりしますよね。

 でも僕たちは、練習期間3日くらい、それも1回だけの公演のために行うんですよ。今回は東京公演と大阪公演2回ありますが、普段は1回だけ。それであれだけのクオリティーのものを出せるのだから、もっと知られても良いと思います。

――前回拝見しましたが、完成度は高いしメチャクチャ面白かったです。坂井さんは、「将来的にロングラン公演をやりたい」と仰ってました。

彰人:ただ、そこに向けて結構な労力を使うため、他の仕事が止まってしまうと言う(苦笑)。

――副社長業もこなす彰人選手の立場、よく分かります(苦笑)。あと2.28後楽園大会、試合後ALL OUTの解散を宣言しました。いつくらいから考えていたのですか?

彰人:僕は昨年12月の時点で解散しようと思っていたんです。しかし飯野(雄貴)くんが欠場中だったため、(飯野が)復帰するまでは残しておきたいと思いました。ただ復帰しても飯野くんが燻っている状態だったら、良い形になるまで見守りたいと。

 でも復帰した彼が縦横無尽に戦っている姿を見て、「これはALL OUTとしての役目は無くなった」と自分の中で思いました。現在、メンバーの竹下や勝俣の優先順位として1番目は「DDTサウナ部」だし、僕もKO-D6人タッグで「若手通信世代(※)」と言うのがある。
※2010〜2011年にDDTが開催していた若手選手による興行「月刊若手通信」。各団体から様々な選手が参加していた。彰人選手は、その時の中心メンバーの1人。

 ALL OUTの僕らの中での存在意義、DDT内部やお客さんの中でも「ALL OUTって何のためにあるんだろう?」と言われた時に、「なかなか答えを出しにくいよね」と言うのがありました。

 もちろん4年間やっていたので、解散を口にするのも言いにくいですし、それで残して置くものでもない。「このタイミングだな」と思い、切り出しましたね。

 ALL OUTのメンバーでチリ人のディエゴがいるので、残すことも考えたけど、そのためだけに残すのも違う気がして。区切りを付けたいというがありました。もちろん賛否があると分かった上で、どこかでピリオドは絶対に必要だから終わらせようと思いました。

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