「心・技・体のうち”心” が最も重要と考えています」元中日・吉見一起 エースにつながるマウンドでの心構えと飛躍のきっかけ

ドミニカに行って感じた日本との違い

07年は1軍では5試合の登板に終わったが、上述の通りファームで結果を残しファーム日本選手権では勝利投手になりMVPに輝いた。

この年のオフにドミニカ共和国のウインターリーグ派遣メンバーに選出された。海外生活の中で、日本との違いに多く気付かされたという。

「一番は日本人って恵まれているなと思いました。これは本当に度肝を抜かれたくらいでした。当たり前にできていることが実はちがったと感じた時に考え方が変わりました」

現地でメジャーを目指す選手たちとプレーする中で、野球の面でも吉見は大きな刺激を受けた。

「“将来野球で食っていくんだ”というハングリーさを感じました。日本ではプロに入って満足してしまう選手も入れば、もっと上にと努力する選手もいる。僕はどちらかというと入って満足してしまっていたので、それでダメだなとドミニカに行って感じましたね」

08年、10勝を挙げ飛躍。翌年には最多勝に

そして08年、この年から吉見の活躍の舞台はようやく1軍へと移る。ここで、吉見が台頭するきっかけが訪れた。

キャンプでは1軍メンバーに名を連ねたものの、オープン戦に入ると2軍降格を告げられた。2軍の遠征先である福岡で試合に先発予定だったがこの日が大雨で中止となった。

先発予定だった2軍戦の登板が流れた後に今度は1軍がいる名古屋へ戻るようにと連絡がきたのだった。すると、この日(3月5日)本拠地で行われた巨人とのオープン戦にそのまま先発。吉見はここで5回無失点の好投を見せた。

「あの試合がなかったら、08年の10勝はなかったと思います。プロ生活一番の分岐点です」

これをきっかけに自信を持ったという吉見は、その後の試合でも無失点投球を見せ、初の開幕1軍の切符を掴んだ。

昨年のOBクラブYouTubeチャンネルでもきっかけについて語った

その後も好調を維持し、開幕からの連続無失点イニングを24回2/3まで記録し、8連勝をマークした。一時期リリーフへ回るも夏場以降は先発へ復帰し、最終的には初の二桁となる10勝。ブレイクしたシーズンとなった。

「08年は肘の怪我が癒えてきました。プロ入ってからも違和感を感じていたのですが、07年途中から良くなって球速も戻った。そこで自信が付いたのに加えて先のドミニカに行った経験もありました。あと、何より(07年オフに)結婚したのもタイミングが良かったと思います。責任感を持つようになったのが大きいです」

そして長年チームを牽引してきた川上がメジャーへ移籍。09年からは吉見が新たに竜のエースとしてマウンドを守ることになる。開幕からローテーション入りし勝ちを積み重ね、前半戦で早くも10勝を挙げた。

最終的にこの年は館山昌平(ヤクルト)と共に16勝で初のタイトルとなる最多勝、防御率も同僚のチェンに次ぐリーグ2位の1.996の成績を残し、リーグを代表する投手となった。

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