立浪氏は再び監督に意欲を見せている(写真はイメージ)
中日で3年間指揮を執った立浪和義氏が、監督再登板への意欲を明かした。
立浪氏はニッポン放送「ショウアップナイター60周年 名球会ラジオ」に出演。「機会があったらまたユニホームを着て監督をやってみたい」という質問に「○」と回答した。
その理由について、立浪氏は大きな期待を受けながら結果を残せなかったことに触れ、「もう1回チャレンジしたいっていう気持ちもあります」と告白。
現在の中日についても「負けてる姿を見て、自分の時と変わってないなと思うことも多い」と語り、苦しかった監督時代の記憶がよみがえることもあるという。それでも「一度きりの人生ですからね、やっぱりチャレンジはしたい」と再登板への思いを口にした。
現役時代は通算2480安打を記録し、“ミスタードラゴンズ”として絶大な人気を誇った立浪氏。満を持して2022年から古巣の指揮官に就任したものの、監督として残した成績はあまりにも厳しいものだった。
就任1年目は66勝75敗2分けの最下位。翌23年も56勝82敗5分けで最下位に沈むと、勝負の3年目となった24年も60勝75敗8分け。3年間で一度も最下位から抜け出すことができなかった。
特に2年目の23年には借金26、首位と29ゲーム差という大差をつけられた。
さらに24年には最終戦でDeNAに敗れ、ヤクルトに勝率わずか2厘差で抜かれて最下位へ転落。中日球団史上初となる「3年連続最下位」という不名誉な記録を作り、ユニホームを脱いだ。
立浪政権ではチーム改革にも積極的に着手。就任1年目終了後には阿部寿樹を楽天へ、京田陽太をDeNAへトレードするなど、大胆な血の入れ替えも断行した。
一方、就任当初に「打つ方は何とかします」と語ったものの、22年はチーム本塁打62本、得点414はいずれもリーグ最少。最後まで得点力不足を完全に解消することはできなかった。
その他にも「令和の米騒動」などと、グラウンドの外でも話題を呼んだこともあった。
大きな期待を背負って始まり、球団史上初の3年連続最下位という結果で終わった立浪政権。
それから約2年。“ミスタードラゴンズ”は再び監督としてユニホームを着る日を思い描いているようだ。
記事/まるスポ編集部
