立浪氏は再び監督に意欲を見せている(写真はイメージ)
中日監督、再登板の系譜に立浪和義氏は続くのか 星野仙一・高木守道の軌跡から探る
「もう1回チャレンジしたい」と語った立浪和義氏。実は中日の監督史をひもとくと、一度ユニホームを脱いだ指揮官が数年後に再びベンチへ戻った例は、これが初めてではない。過去の“再登板組”はどんな結果を残したのか。
中日の監督人事では、退任した指揮官が後に再び指揮を執った例がある。星野仙一氏は1987年から1991年まで第一次政権を担い、1996年に5年ぶりにドラゴンズの監督へ復帰した。第二次政権4年目の1999年には、球団を11年ぶり5度目のリーグ優勝へ導いている。
高木守道氏も、1992年から1995年まで中日を率いた後、2012年に17年ぶりに監督へ復帰した。再登板1年目の2012年はリーグ2位。翌2013年は4位で、同年限りで退任した。なお高木氏は1986年にも、山内一弘監督の解任を受けて監督代行を務めている。
「2代目ミスタードラゴンズ」と呼ばれた高木氏、「3代目ミスタードラゴンズ」として知られる立浪和義氏。立浪氏が口にした「もう1回チャレンジしたい」という思いは、現時点で中日、あるいは他球団からの監督就任が具体化したことを意味するものではない。ただ、中日には星野氏、高木氏という再登板の前例がある。再挑戦の先にどのような舞台があるのか、今後の動向に注目が集まる。
記事/まるスポ編集部
