カヌー3種目を極めた大城良介氏。「勝つカヌー」から「生涯スポーツ」へ、水上に見出す未来とは…
◼️覚醒、そして挫折の涙
――中学校で競技を始めて、最初からスムーズにカヌーに乗れましたか?
大城:全然、乗れません(苦笑)。スプリント競技から始めましたが、最初はバランスを取るだけでも必死。転覆しないようになるまで1、2ヶ月はかかりましたね。
――そこから大会で頭角を現したのはいつ頃ですか?
大城:中1の後半からは、もう速かったですね。やっぱり周りに比べて体が大きかったので、一漕ぎのストロークの大きさやパワーが圧倒的に有利に働いたんだと思います。
当時はまだ野球やサッカーが花形で、正直に言うと、カヌーは他のメジャー競技に馴染めなかった子が集まるような雰囲気もありました。
だからこそ、顧問の先生は「とにかく早くここから日本一を作りたいんだ」と、ものすごい熱量で指導されていました。
――大城さんはまさに、その先生の期待に応えるように中学時代から全国区で活躍されていくわけですね。
大城:実は中学2年生の夏に、あまりにも大きすぎる転機があったんです。7月の『全中(全国中学校カヌースプリント選手権大会)』から、わずか1ヶ月後に開催されたジュニア選手権までの間に、500mのタイムが一気に10秒ほど縮まって、2分12秒を記録しました。

――中学生の全国トップクラスの平均タイムが2分10秒前後ですから、1ヶ月で約10秒の短縮というのは、ちょっと信じられない「事件」ですよね。
大城:自分でも化け物だと思いました(笑)。必死に練習を追い込んだこともありますし、ちょうど道具(パドルや艇)が進化するタイミングとも重なった。中3の先輩たちをごぼう抜きにして、周囲は大騒ぎでした。
「これは上級生にも勝てるぞ」と意気込んでいたのですが、大会の最終日になって、当時のルールの壁にぶち当たりました。「学年別の制限があり、このレースは中3しか出られない」と言われて、タイムは足りているのにレースから除外されてしまったんです。
――それはショックですね……。
大城:もう、悔しくて皆の前で大粒の涙を流しました。その悔しさがあったからこそ、「中3の全中(全国中学校カヌースプリント選手権大会)では絶対に勝ってやる」と誓ったんです。
ところが、満を持して挑んだ中3の全中ではシングルもペアも2位。またしてもあと一歩届かず、涙、涙でした。今思い出しても、本当にほろ苦い思い出です。
