
中日の中田翔が今季限りで現役を引退することが明らかになった。
夏の甲子園を辞退した広陵高 ニュースやYouTubeでは見解が述べられ、中には物議を醸す意見も
自身の投稿したInstagramでは、日本ハムのユニフォーム姿で一人札幌ドームのバックスクリーンに向けてたたずむシーンが突如一枚だけ掲載された。
これにはファンは即座に反応。「え、引退するの?」「嫌な予感…」などと、意味深な投稿に驚きを隠せずにはいられない一方で、中日ファンからは察したのか「今は中日に所属しているのに残念」という声も多く挙がった。
SNS上では「中田翔引退」がトレンド入り。すると深夜に新聞記事の写真が拡散された。
中田は07年高校生ドラフト1巡目で日本ハムに入団し、3年目の10年に頭角を表す。翌年からレギュラーに定着すると、不動の4番打者として2度のリーグ優勝・16年には日本一にも導いた。
2度WBCにも出場するなど日本を代表する打者として活躍していたが、21年8月に後輩選手への暴力行為が発覚し、出場停止処分に。
その後すぐに巨人への無償トレードとなり処分は9日で解除、日本ハムの立場として謝罪会見が開かれなかったことなど当時批判を集めたこともあった。
巨人では22年に24本塁打を放つなど、その打棒は復活を見せつつあり、一時期は不調の岡本和真に代わり4番も務めた時期もあった。
23年は故障離脱や門脇誠の台頭もあり92試合の出場に終わると、翌年はスタメンとしての構想ではなかったことから、出場機会を求めてオプトアウト権を使い自由契約とした。
その後13年のWBCでコーチの関係でもあった立浪和義監督(当時)からオファーを受け中日に移籍。推定年俸3億円の2年契約を交わした。
ただ昨年は62試合出場にとどまり、再起を期した今季は腰痛の影響などでさらに出場機会を減らしていた。5月13日に出場選手登録を抹消されると、実戦復帰に1ヶ月を要した。
今月7日に一軍復帰するも出場は代打で3打数立ったのみ。無安打のまま、わずか5日で出場選手登録を抹消されていた。
暴力沙汰はあったものの、実家に大谷翔平らを招くなど多くの後輩に慕われていた中田。“大将”がついに現役生活にピリオドを打つ。
記事/まるスポ編集部