2028年ロス五輪へ! 愛弟子の出場を目指し、指導に励む市場大樹コーチ
◼️世界との圧倒的な差、突きつけられた現実
――2004年のジュニア帯同から、選手を引退される2014年までの10年間。選手とコーチの比率はどのように変化していったのでしょうか。
市場:正直にお話しすると、私が真剣に「世界トップの現役選手」を目指して活動していたのは、20歳ぐらいまで。当時、シドニーオリンピック(2000年)への出場を目指して、文字通りすべてを賭けていました。
高校時代は日本選手権でも優勝、国内では他の選手より一歩リードしていた状態。若い頃の私は「海外に行っても自分は通用するはずだ」「同じ環境でトレーニングさえ積めば、世界のトップに届く」と本気で信じていた。
大学進学を辞め、「その資金をすべて海外挑戦に使いたい」と親に頭を下げ、サポートしてもらいながら21歳頃までヨーロッパで武者修行を続けました。
――実際に海外の環境に身を置いてみて、どうでしたか。
市場:現実を突きつけられました。当時の日本には人工の競技コースがなく、練習環境が十分に整っているとは言えない時代でした。そのため、初めて経験した海外の人工コースは、水のパワーからして別世界でした。
ドイツ選手のアパートに間借りさせてもらい、物価の安いチェコやスロバキア、スロベニアといった東欧の国々を回り、ナショナルチームの一歩手前にいる同世代の選手たちと練習を共にしました。そこで圧倒的な実力差を突きつけられたんです。
――具体的には、何が違ったのでしょうか。
市場:私は体格が小柄でしたから、技術(テクニカル)の部分でなんとか突破口を開こうと、必死に他の選手を分析しました。しかし、海外には私から見て「とんでもなく上手い」選手がゴロゴロいたのです。
しかも彼らは、自分がなぜそんなに上手く乗れているのか客観的な自覚がないまま、天性の高い能力だけでずば抜けたパフォーマンスを出していました。
「もう少し時間とお金があれば届くかもしれない」と必死に食い下がりましたが、認めたくない現実が目の前にありました。よく子供が「宇宙飛行士になる」「オリンピックに出る」と言って、成長するにつれて現実を知っていくプロセスがありますよね。当時の私はまさにその状態でした。現実を悟り、一度は競技から完全に離れました。
