2024年ICF WORLD CHAMPIONSHIPSで自身5度目となる世界大会得点王に輝いた木村亮太選手
第3章:水球への電撃転向――「1番上」からさらに上へ行くための選択
――いつ、日本代表に?
木村:高校2年生の冬に、日本代表の選考会を受けました。実は、高校3年間、カヌーポロではなく「水球」をメインにやっていたんです。
水球は高校で引退し、大学からまたカヌーポロに戻るための、いわば“顔見せ”程度の実績作りのつもりで受けた選考会でしたが、そこで合格してしまいまして。そこから本格的な代表活動がスタートしました。
――なぜ高校3年間、水球の道を選んだのですか?
木村:「カヌーポロが上手くなりたかったから」です。中学校までの時点で、自分の中で「カヌーポロとしての1番上のレベル」がある程度見えてしまった。
「このまま同じことを続けていても、これ以上のブレイクスルーはない。もっと上に行くためには、別の競技の要素を自分にプラスしなければならない」と考えたんです。
――カヌーポロの技術をさらに研ぎ澄ますために、別の競技を融合させたのですね。でも、なぜ水球だったのでしょうか。
木村:元々水泳をやっていたので泳げたということと、当時カヌーポロは水球と同じボールを公式球として使用していたからです(※現在はカヌーポロ専用の公式球がある)。
「ボールの扱いを圧倒的に上手くするためには、水球をやるのが一番の近道だ」と考えました。
――3年間、水球に打ち込んだことで、カヌーポロへの還元は大きかったですか?
木村:ものすごく大きかったですね。特に「身体の使い方」と「体幹の強さ」に関しては、計り知れない財産になりました。
カヌーポロでは、相手からの激しい接触やハンドタックル(※)を受けて上体が崩れそうになったり、倒れ込みながらシュートを打つ場面が多々あります。
(※カヌーポロでは、ボールを保持している選手の肩や上体を片手で押して、ひっくり返したりする「ハンドタックル」が認められている)
その中で「絶対に軸をブレさせない、倒れながらでも正確に打ち切る」というインナーマッスルの使い方は、国内外の他の選手と比較しても、水球をしっかりやっていたからこそ体現できる私の最大の強みだと思います。

――カヌーの上にいる時よりも、水中で全身を激しく動かしている方が、体幹は鍛えられるのですか?
木村:カヌーに乗っている状態というのはシートに腰掛けている「長座の状態」なので、基本的には下半身の多くが艇の内部に固定されています。
固定されているからこそ、上体に強い圧力を受けた時にバランスを崩しやすい。
しかし水球は、水の中で自由に下半身(巻き足など)を使いながらバランスを取ります。その水中で培った絶対的な「身体の軸」があるからこそ、カヌーに乗って水上に浮いた状態でも、ブレずに耐えることができるのだと感じています。
――強くなるために地元の高校ではなく、あえて遠方の強豪校を選ばれたそうですね。
木村:自宅から自転車で10分の高校にも水球部はありましたが、私は片道2時間かかる県内最高峰の強豪校・千葉県立幕張総合高等学校を選びました。
中学3年の時、さまざまな高校の練習を見学した上で、水球未経験のゼロからのスタートになるとしても、一番厳しい環境へ飛び込むことを決めました。
毎朝早くからお弁当を作ってくれた母親をはじめ、家族には大きな苦労と迷惑をかけましたね。だからこそ、「自分のプレイを見せることで恩返しをするしかない」と強い覚悟を持って水上で戦っています。
――高校時代の経験で、印象に残っているエピソードはありますか?
木村:高校1年生の夏、インターハイ(高校総体)予選の時期。私はまだ水球を始めて3ヶ月程度でしたが、チームの中では期待のルーキーとして試合に出場させていただく機会がありました。
そこでたまたま、私が進学を迷っていた地元の高校と対戦しました。相手の3年生のエースの方とマッチアップ(1対1の攻防)をした時、既に自分が勝っていることに驚きました。
――始めてわずか3ヶ月の1年生が、地元の3年生エースを圧倒してしまったと。
木村:はい。「相手の3年間」と「自分の3ヶ月」を天秤にかけた時、自分が幕張総合で過ごした3ヶ月の方が、密度も成長スピードも遥かに大きかったという事実に衝撃を受けました。
「最高峰の環境に身を置き、一流の指導者のもとで、自分で考えて必死に動かなければ、埋められないほどの差がついてしまう」ということを、身をもって体感した瞬間でした。
当時、チームにはアメリカ人のプロコーチが就任していました。そのトップレベルの指導者と毎日全力でキャッチボールをさせていただいたことが、私の思考のベースを作ってくれたのだと思います。
<中編に続く>
プロフィール
木村亮太(きむら りょうた)1992年3月28日(34歳)千葉県出身。168cmの小柄な体型ながら、卓越した戦術眼と強靭な体幹を武器に活躍するカヌーポロ日本代表キャプテン。幼少期にカヌーを始め、ジュニアオリンピックで優勝。高校時代はボール技術と身体の軸を鍛えるため、あえて水球の強豪校・千葉県立幕張総合高等学校に通った異色の経歴を持つ。カヌーポロ復帰後はU-21時代を含め通算5度の世界大会得点王に輝き、第73回(2024年度)日本スポーツ賞 優秀選手を受賞。全日本選手権MVP 日本人最多6回。競技普及のための法人設立やカヌー教室の講師も務めるなど、人生を賭けて「真のプロ選手」としての道を切り拓いている。
編集/まるスポ編集部
写真/本人提供
