2024年ICF WORLD CHAMPIONSHIPSで自身5度目となる世界大会得点王に輝いた木村亮太選手
第2章:兄への憧れと、トップクラスへ駆け上がった幼少期
――いつ「カヌーポロ」に出会ったのですか?
木村:生まれは千葉県八千代市なのですが、小学生に上がる前に、父の仕事の関係で現在の拠点である君津市に引っ越しました。
その引っ越し先で通い始めたスイミングクラブに、たまたまカヌーポロの日本代表選手の方がコーチとして働いていました。そのコーチが、クラブ内に「カヌーコース」を開設してくれたのがきっかけです。
――水泳のクラブに「カヌーコース」があるというのは非常に珍しいですね。
木村:金曜日の夜など、一般のプール利用時間が終わった後にコースロープをすべて取り払い、プールの中にカヌーを浮かべて練習するんです。土曜日のオープン前の時間なども使わせていただいていました。
兄が友達と一緒にそのコースを始めまして、私はその大会の付き添いにずっとついて行っていたのですが、小学校2年生の時に「僕もやりたい!」と。本当に兄への憧れからのスタートでした。

――その練習は「カヌーポロ」がメインだったのですか?
木村:メインはポロでしたね。ただ、練習の一環としてカヌースプリント(静水面での直線スピードレース)の大会にも出場しました。
いわゆる本格的なスプリント専用の艇(ボート)ではなかったのですが、普及艇部門でレースにも挑戦しました。
――一般的なイメージだと、カヌーはまずスプリントやスラローム(激流を下る競技)から入り、その後にポロに転向する方が多い印象がありますが、木村選手は最初からカヌーポロがベースだったのですね。
木村:そうです。私たちのチーム自体がポロをメインとして活動していました。
ただ、カヌースラロームに関しても、川を下る野生的なものとは少し違って、静水面にいくつかのブイを配置してその周りをいかに速く回るかという、少し特殊なスタイルのスラローム競技がありまして、そちらの全国大会(JOCジュニアオリンピックカップ)では優勝しています。
――ジュニアオリンピックで優勝!幼少期の段階で、すでにカヌーを操る技術は日本トップクラスのレベルに達していたわけですね。
木村:カヌーポロという競技は、ダッシュが必要なので「スプリント」の要素もいりますし、急旋回するための「スラローム」のターン技術も必要になります。
つまり、競技の中に、カヌーのあらゆる基本要素がすべて含まれているんです。そのため、試合や練習を楽しんでいるうちに、自然とカヌーを乗りこなす高度なスキルが身についていった感覚でした。
