リオ・東京・パリと3度の五輪を経験した矢澤亜季
◼️兄の背中を追い、掴んだ「日本一」の称号
――中学2年生の時に「日本ジュニア」で優勝されました。その頃には「遊び」ではなく「競技者」としての意識が芽生えていたのですね。
矢澤:小学校の頃から、父の仕事が終わる夜6時過ぎになると、兄と一緒に「夜練」に行っていました。兄の背中を見て育ってきたので、兄がレベルアップすれば私も追いつきたい。
兄が日本選手権で優勝する姿を見て、「私も同じ年齢でタイトルを獲りたい」と強く思うようになりました。身近に日本トップクラスの手本がいた環境は、私にとっての「英才教育」だったのかもしれません。

――出身地の長野県飯田市という、カヌーに適した環境も大きかったのでしょうか。
矢澤:練習拠点はいつも天竜川でした。当時は、親がカヌーをやっているような家庭でないと続けるのが難しかったです。競技人口の少ないスポーツでしたし、あの環境があったからこそ今の自分があります。
今でこそ、東京の江戸川区では小学生が授業でカヌーを体験できる機会があるそうですが、当時は本当に珍しい習い事でした。
