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【DDTプロレス・樋口和貞】復帰から半年、坂口・赤井(Eruption)とともにKO-D6人タッグに挑戦!

6/14より有観客で興行が再開されたDDTプロレスリング。多少、制約はあるものの、久しぶりに観客の声援を受け躍動する選手たち。そんななか、いつもと変わらぬ姿を見せる樋口和貞選手。昨年、膝の怪我で4ヶ月欠場。復帰戦では体重を落とし、見事にシェイプされた肉体を披露した。樋口選手は1月から坂口征夫選手・赤井沙希選手とともに新ユニット「Eruption」を結成。DDTに新風を吹き込む。そしてついに6.20新宿FACE大会で、勢いに乗る#DAMNHEARTSのKO-D6人タッグに挑戦する。タイトル戦を直前に控えた樋口選手に話を聞いた。

――プロレスに興味持った、きっかけから教えてください。

樋口:小学生の頃、深夜に放送していた全日本プロレス中継を見てからです。
川田選手や小橋選手の戦いに魅了されました。 

中学から柔道を初めて、高校の時、北海道で個人・団体ともに3位入賞し、相撲部屋からスカウトされました。

 「東京にも行けるし、相撲出身のレスラーが多いな〜」と考え、2006年に相撲の世界に飛び込みました。 

相撲界には7年間お世話になりました。相撲界で上を目指していたのですが、ある時「このまま関取に上がれずにウロウロしていていいのか?」と悩み、2014年に引退しました。 

――相撲引退後、どのような経緯でプロレス界に?

樋口:一旦、闘うことから離れたいと思い、就職しました。

普通に仕事しているなかで、「なんのために東京に来たんだろう、元々の目的はなんだったのか」と考え始め、やはりプロレスを諦めきれず、知り合いを通じてDDTの高木社長を紹介してもらい、2014年の夏、入門テストを受けました。 

――子供の頃、観ていた全日本プロレスではなかったのですね
。 

樋口:相撲時代は見ていませんでしたが、高校時代サムライTVを観て「DDTって面白い団体だな」と気になっていました。 

実は相撲時代、日本武道館で行われたDDTの試合を2階席から観戦していました。メインが飯伏選手とケニー選手の戦いでしたね(2012年・武道館ピーターパン)。

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――最初はDDTではなく、若手が主体となる「DNA」への参戦でしたね。

樋口:DNAは、中津良太選手・梅田公太選手・岩崎孝樹選手・自分と、すでにDDTでデビューしていた勝俣選手・宮武選手・河村選手・鈴木選手など若い選手が主体の興行でした。 
練習生時代、「そろそろデビューかな?」と思っていた時、高木社長から「練習生を含め若手が育っているので、若手主体の興行を行おう」と話をいただきました。 

そしてデビューし、若手主体の「DNA」を主軸に活動していましたが、自分としてはDNAもDDTも「プロレス」という意味では変わらないので、真面目に取り組みました。

そういう意味では相撲時代と変わらずに、一つのことに打ち込むことが出来ました。

 面白いことをするのも嫌いではないです。根本にあるのは「真摯」に取り組むという気持ちです。 

それこそ相撲もプロレスも、リングと土俵と場所は違えども、戦いに賭ける思いは一緒です。だったら、ここで思いっきりやってやろう!という気持ちで戦っていました。もちろん今もですけど(笑)。 

ナレーター・実況・リングアナ・ラジオパーソナリティ・イベントMC。野球やカヌー等、スポーツ実況を担当しているうちに選手個人に興味を抱きライターを志す。アスリートの心の声を読者に届けるように取材します。