カヤッククロスで、ワールドカップ日本人初となる銀メダルを獲得した長洲百香
◼️天才カヌー少女の「覚醒」と二刀流の時代
――小学4年生ですでに全国大会で金メダルを獲得されています。当時から「天才カヌー少女」と呼ばれていたのでは?
長洲:いえいえ、そんなことはありません(笑)。練習では先輩たちに全然勝てなくて、少し肩身の狭い思いをしていたんです。
でも本番当日、コーチに教えてもらった通りに「ライン取り」を意識して漕いだら、自分でも驚くほど「覚醒」し勝つことができました。
――そこからは、一気にスラロームの道へ進まれたのですか。
長洲:実は中学1年生までは「スプリント(静水での直線レース)」と「スラローム」の二種目を並行してやっていました。
所属していたクラブチームにスプリントの選手が多かったこともありますが、いわば「カヌー界の二刀流」のような状態でしたね。
――二つの種目を並行するのは珍しいですよね。スラローム一本に絞ったきっかけは何だったのでしょう。
長洲:中学1年生の時、夏の全国中学生大会(スプリント)と、岩手でのジャパンカップ(スラローム)の時期が重なり、どちらに出るか選ばなければならなかったんです。
その時に迷わず「スラロームに行きたい!」と思いました。川での練習が何より楽しくて、一度練習に行くと何時間でも漕ぎ続けてしまう。その夢中になれる感覚が決め手でした。
