23日、DDTプロレスの強さの象徴であった樋口和貞が引退を発表した
「首が限界」——自覚症状なき非情な宣告
23日、DDTプロレスの絶対的な柱である樋口和貞が、4月5日の後楽園ホール大会をもって現役を引退することを発表した。
原因は、定期検診で発覚した「第一・第二頸椎の亜脱臼」。四肢の麻痺やしびれが出てもおかしくない深刻な状態でありながら、本人には自覚症状が全くなかったという。医師からは「コンタクトスポーツの継続は危険」とのドクターストップが下された。
「自分としてはまだプロレスをやりたかったなという悔しさもあります。しかし、このように早期発見できて、自分の足でリングを下りることができて良かったとも思っております」
会見で漏らしたこの言葉に、どれほどの無念と、そして安堵が詰まっていただろうか。2024年からの長期欠場を乗り越え、2025年に再び頂点に立った不屈の男を救ったのは、団体の徹底した安全管理と、彼が次なる人生を歩むために残されていた「運」だったのかもしれない。

屈辱を乗り越え、掴み取った頂点
筆者が樋口選手の12年間のキャリアを振り返る上で、最も強く印象に残っているのが秋山準との一連の戦いだ。
2021年3月、時の王者・秋山に挑み、敗れた後にリング上でベルトを巻かされるという屈辱を味わった。あの日、悔しさを押し殺して王者の腰にベルトを回した樋口の姿は、今も目に焼き付いている。
しかし、その経験こそが彼を真の怪物へと変えた。2022年7月にKO-D無差別級王座を初戴冠。さらに2025年8月のV2戦では王者として秋山を下し、見事に防衛を果たした。屈辱を力に変え、自らの手で「強さの象徴」の座を勝ち取ったそのプロセスこそ、彼のレスラー人生の真髄だったと感じる。
10回のインタビューで見せた「誠実な強さ」
筆者は2020年から計10回(14本)、樋口選手にインタビューを重ねる機会に恵まれた。取材のたびに感じたのは、彼が口にする「強さ」が単なる身体的なパワーではなく仲間や団体を背負う覚悟を指しているということだ。
>> DDTプロレス”強さの象徴”樋口和貞――アーカイブス <<
引退に伴い、彼が率いたユニット「ハリマオ」も解散する。4月5日のラストマッチには自らが希望し、DNA1期生の同期たち(勝俣瞬馬、梅田公太、岩崎孝樹、ハリマオの中津良太)が集結するカードを組んだ。
「彼らの雰囲気を感じ、吉村(直巳)と石田(有輝)には新たな一歩を踏み出してほしい」
最後までリーダーとして、そして仲間として後進の未来を案じる姿に樋口和貞という男の誠実さが凝縮されている。

4月5日、聖地・後楽園で最後の別れを
「ドラマティック・ドリーム・チームとはよく言ったもので、本当にいい夢を見させてもらった」
会見でそう語った樋口。プロレスをするために北海道から出てきた彼にとってリングを離れることは身を切るような思いだろう。しかし、会見の最後に彼が見せた清々しい表情は12年間すべてを出し切った男の誇りに満ちていた。
4月5日、聖地・後楽園ホールのリングに立つ樋口和貞に、私は最大級の感謝を贈りたい。DDTの屋台骨を支え続けてきた、不器用で、しかし誰よりも優しい一人のレスラーへ。
樋口選手、12年間、本当にお疲れ様でした。あなたの示した「強さ」は、これからもDDTのリングに息づいていきます。
