9.13後楽園、同ユニットの上野勇希とシングル対決する勝俣瞬馬
2025年7月、練習中の左膝前十字靭帯断裂により戦線を離脱していた勝俣瞬馬が、今年3月22日の後楽園ホール大会でリング復帰を果たし、3ヶ月が経った。度重なる怪我という過酷な試練を乗り越え、欠場期間中に徹底した肉体改造へと着手した勝俣。改めてプロレスと真正面から向き合う彼のキャリア、そしてDDTの頂点(トップ)を見据えるその胸中に迫った。(取材・文/大楽聡詞)
■シーサウナシャック総支配人を退任――プロレスに懸ける決断
―― 3月22日、後楽園でMAO選手を相手に復帰。この時期、シーサウナシャック(千葉県館山市にあるサウナ施設)の総支配人を辞められました。ご自身のSNS(X)には「プロレスに集中するため」と。
勝俣:欠場していた時期、足の怪我だったこともあり、お店の現場に立つことが少なくなりました。
シーサウナシャックには2021年の設立から総支配人として関わらせていただいていたのですが、やはりここでもう一度、「プロレスに100%専念できる環境を作りたい」と考え、周囲に相談しました。
ですので、完全に辞めたというわけではなく「表に立っていた運営からサポートする側に回った」という認識です。
【DDT】勝俣瞬馬――DDT EXTREMEのベルトの価値を上げていきたい
――以前は週5日ほど現場に入られていましたね。
勝俣:平日はほとんどお店に行っているような状態。しかし、ありがたいことにプロレスでも色々なチャンスをいただけるようになり、その中で欠場を経験しました。
欠場中であってもお店は毎日満員という状況が続いていて、現場を見られない自分がそのまま総支配人を続けるのはやはり厳しいな、と感じていました。
そこで、新しく店長に現場を任せ、僕はオーナーと店長の間に立つハブのような役割に移行したんです。
――組織としての架け橋のようなポジションですね。
勝俣:僕が現場に行かなくてもしっかりとお店が回る形を構築できました。ちょうどお店も5周年という大きな節目を迎えたので、この良い区切りを持って総支配人を降りるという形になりました。
>>>「勝俣が変わった」を証明するための肉体改造とファイトスタイルの変革
