2014年仁川アジア大会にて。セパタクロー女子ダブルスで銅メダルを獲得。(左から)矢野千春選手、青木沙和選手、佐藤雪絵選手、そしてコーチの矢野順也氏(撮影/Katsuaki Iwamto)
かつて、日本にとって本場タイは「1セットも取れない高嶺の花」だった。 しかし、30年の時を経て、その力関係は劇的に変化している。2025年、タイのハジャイで開催された「第38回キングスカップ世界選手権大会」。男子クワッド(4人制)種目でタイやマレーシアを破り、日本セパタクロー史上初となる世界一の金メダルを獲得した。
だが、その快挙の裏で、選手たちは浮かれることなく、すでに次なる「真の標的」を見据えていた。
日本セパタクロー協会事務局長・矢野順也氏へのインタビュー後編。世界を驚かせた日本代表の強さの秘密と、地元開催のアジア競技大会にかける異様なまでの執念に迫る。(取材・記事/大楽聡詞)
■優勝は「喜び」ではなく「安堵」――課せられた必須ノルマ
――昨年の世界選手権での優勝。選手たちの様子はいかがでしたか。
矢野:実は、彼らは全くはしゃいでいなかったんです。喜んでいたのは、広報担当の私だけだったかもしれません(笑)。後で選手たちに話を聞くと、「やっとノルマをクリアできた」という安堵の表情を見せていました。
――世界一が「ノルマ」ですか?
矢野:監督から「26年9月のアジア競技大会で金メダルを獲るのが、我々の絶対目標だ。そのためには、その前の世界大会で一度は金メダルを獲っておくことが必須条件」と厳しく言い渡されていたんです。
彼らにとって世界選手権の優勝は、9月への挑戦権を得るための、いわば「通過点」に過ぎなかった。
――そこまでストイックになれるのは、なぜでしょうか。
矢野:私たちの世代とは、競技のスタートラインが根本的に違うんです。私はタイに100回挑んでも1度も勝てない時代を過ごしました。
でも、今の選手たちは「ちょっとやれる先輩」や「実際に勝っている姿」を見て育っています。サッカー日本代表がヨーロッパの強豪に勝つのが当たり前になったように、セパタクロー日本代表も「自分たちはもっとやれる」「金メダルを獲得できる」という確信を持ってコートに立っています。
