2年ぶりのMAO戦に敗れ王座陥落も、上野勇希「東京ドーム」への歩みは止まらない
⬛︎初戴冠は「DDTの王者」を模索した時間
――昨年9月から第88代KO-D無差別級王者として防衛を重ねV8を達成しました。
上野:23年11月、クリス・ブルックス選手からKO-D無差別級王座を奪取した最初の戴冠時(24年8月まで7度防衛)は、King of DDTとして、「自分はDDTプロレスで何ができるのか」を模索していました。
ベルトを持つことで、「この人がチャンピオンなんだ」と示すアイコンになれた。王者として、DDTの先頭に立つ責任を学んだ時期だったと思います。
今回の王座奪取後は、鈴木みのる選手(25年11月両国)に勝ち、「東京ドームに行きたい」という目標を定めた時点で、自分の役割は明確でした。
KO-D無差別級王座にどんな価値があるのか、DDTがどこへ向かうのかを見せること。それがプロレスラー、そしてDDTの一番手としての仕事だったと思っています。

――1度目と3度目の王者時代で、ベルトの重みは変わりましたか。(2度目は2025年8月31日に樋口和貞に勝利し第86代王者になるも、平田に「いつどこ挑戦権」を行使され、その日のうちに王座から陥落)
上野:重み自体は変わりません。ただ、意識は変わったと思います。
最初の戴冠時は、「チャンピオンの僕が、DDTをメチャクチャにして、みんなを面白くさせよう」という感覚でした。男色ディーノさん、髙木三四郎さんを始め、さまざまな選手がいるDDTでは、強さも弱さも、面白さも得意なことも、すべてが武器になる。それを王者として見せたかった。
3度目の戴冠となった第88代王者では、よりシンプルに「僕がやりたいことをやる」という気持ちでした。もちろん初戴冠時と変わらない部分もあります。ただ、僕には「DDTを東京ドームへ連れていく」という明確な目標があった。
その思いが伝わる限り、みんなが楽しみながら同じ方向へ向かってくれると感じていた。だからこそ、思い切り好きにやることができました。
――毎回、自分を限界まで追い詰めるような戦い方をして、その経験を糧に強くなっていった印象があります。
上野:本当に、どうなるか分からないことを楽しめていました。チャンピオンだからといって、プレッシャーがなかったわけではありません。どの試合でも緊張するし、ドキッとする。
でも、その「分からなさ」を含めて、プロレスを楽しめていたと思います。
⬛︎王座がなくても、東京ドームへ向かう
――いずれ4度目の戴冠も視野に入ると思います。王座を失った今、目指す姿はありますか。
上野:僕はこのまま進んでいきます。今は東京ドームという目標がありますから。
ベルトを持っていない時期も、確実に価値がある。チャンピオンではないことも武器にして、東京ドームへ行くために自分を広げていく。チャンピオンの時は、「自分がチャンピオンである」という武器を持って進んでいく。
僕にとっては、常にその時の状況が武器なんです。3度目の戴冠だけが大事なわけではない。どんな立場であっても、東京ドームへ向かって進み続けます。
