日本学生野球憲章の「教育の一環」という理念に基づき、「特定の個人をヒーロー視する応援」を制限・規制(写真はイメージ)
高校野球の夏の甲子園大会は22日に決勝が行われ、智弁和歌山が健大高崎を4―3で破り、5年ぶり4回目の優勝を決めた。球場全体が熱戦に沸いた一方で、客席における応援ルールをめぐる高野連(日本高校野球連盟)の対応が話題を呼んでいる。
議論のきっかけとなったのは、選手名が書かれた手作りボードなどを掲げる応援に対し、大会本部が差し止めを行ったことだ。日本学生野球憲章が掲げる「教育の一環」を根拠に、「個人をヒーロー視する応援は望ましくない」として規制を徹底。1回戦では、友人を応援するためにボードを持参した高校生が注意を受ける場面も見られた。
本部は、写真や映像に残るボード類の持ち込みを禁じる一方、「その場限り」である声援での個人名コールは許容する方針をとっている。しかし、観客への十分な周知がなされていないことや、規制基準の不透明さに困惑する声は多い。
こうした高野連の対応に対し、SNS上では「一番時代にそぐわないのが高野連だ」「彼らの考える高校生らしさって何なのだろう」「他にやることないんですかね」といった不満が相次いだ。さらに論点はメディアのあり方にも及び、「メディアが試合結果を報じる場合は文字のみ?映像があるとヒーローになっちゃう」「応援される側だって気持ちが鼓舞されるでしょうに」「教育の一環と言うなら、テレビ中継や過度な報道も規制した方が良い」「ヒーロー視してるのはマスコミ。アルプススタンドの生徒にとっては、選手は友人」との指摘も目立った。
また、「ヒーローが誕生することでそのヒーローに憧れて子ども達もヒーローになることを目指す」「応援なんてどうやろうと勝手だろ」など応援の自由を尊重すべきだとする意見も広がっている。
専門家からは過熱防止という目的に一定の理解が示される一方で、説明の曖昧さが反発を招いているとの懸念も示された。高校野球が「見るスポーツ」として多様化するなか、教育的配慮と時代のニーズをどう調和させるか、従来の応援のあり方が改めて問われている。
記事/おかだみゆき
編集/まるスポ編集部
