世界を熱狂させた快投の代償か。過去のWBCでも、日の丸を背負った激闘の後に開幕出遅れや極度の不振に喘いだエースたちの姿があった
侍ジャパンの勝利のために腕を振り、日本中を熱狂させた代償はあまりに大きかったのか――。
過去のWBCでも、大会での快投と引き換えに、開幕延期やシーズン中の不調に苦しんだ名選手たちがいる。その「宿命」とも言える系譜を振り返る。
1. 松坂 大輔(2009年・第2回大会)
WBCでの活躍:3戦3勝、防御率2.45で2大会連続の大会MVPに輝く。
その後の影響:大会直後から右肩の違和感を訴え、シーズン開幕後すぐに故障者リスト入り。それまで4年連続で2桁勝利を挙げていた「平成の怪物」が、この年は自己ワーストの4勝、防御率5.76と精彩を欠いた。股関節痛なども併発し、この大会が大きな転換点になったと言われている。
2. 岩隈 久志(2009年・第2回大会)
WBCでの活躍:決勝の韓国戦で先発するなど、実質的なエースとして防御率1.35の快投。
その後の影響:シーズンでは13勝を挙げたものの、前年の21勝(防御率1.87)から、防御率3.25へと数字を落とす。大会中から右肩の張りを抱えながらの登板だったことが、その後のコンディション維持に苦慮する一因となった。
3. 藤川 球児(2009年・第2回大会)
WBCでの活躍:守護神を期待されるも、大会中に調子を崩し、リリーフ失敗を経験。
その後の影響:帰国後のシーズンでは5勝25セーブを記録したが、右肘の炎症で登録抹消を経験。「WBCでのボールへの対応や、慣れないマウンドによる負担」が肉体的な狂いを生んだ例として語られている。
4. 栗林 良吏(2023年・第5回大会)
WBCでの活躍:守護神候補として選出されるも、1次ラウンド中に腰の張りを訴え離脱。
その後の影響:チームを離れ帰国・治療に専念。シーズン開幕には間に合ったが、本来のキレを欠き、4月後半にはプロ入り後初めて二軍降格を経験するなど、精神的・肉体的なダメージが色濃く残った序盤戦となった。
編集/まるスポ編集部
