今季限りでレギュラーツアー引退を表明している70歳の永久シード選手、倉本昌弘(写真はイメージ)
日本ゴルフ界のレジェンド、倉本昌弘が70歳を区切りにツアー競技からの引退を表明した。「マッシー」の愛称で親しまれ、小柄な体躯から繰り出される正確無比なショットと、既存の枠にとらわれないプレースタイルは、日本のゴルフ史そのものであった。
倉本が日本ゴルフ界にどのような衝撃を与え、何を変えたのか。「日本を変えた倉本ベスト5」として、その偉大な足跡を振り返る。
1.「最強のアマチュア」という概念の確立
1980年、アマチュアとして参戦した「中四国オープン」で史上初のツアー競技アマチュア優勝を果たす。しかし、同年に行われたプロテストではわずか一打及ばず不合格。
2. デビュー戦優勝と「ポパイブーム」
1981年のプロデビュー戦(和歌山オープン)でいきなり優勝。同年計6勝、新人として賞金ランク2位という衝撃的なデビューを果たした。飛ばし屋と知られ、デビュー当時は「ポパイ」のあだ名をつけられた。
3. 伝説の「59」と世界への挑戦
2003年のアコムインターナショナル初日、日本ツアー史上初となる「59」をという偉業を48歳で達成。
4. クラブ開発と「道具」への革新
カーボンシャフトのアイアンや、当時としては画期的だった「ショートウッド」を積極的に採用するなど、ギアに対する造詣の深さは群を抜いていた。
5. PGA会長としての「組織改革」
2014年から8年間にわたり日本プロゴルフ協会(PGA)の会長を務めた。組織の透明性を高め、ティーチングプロの地位向上やジュニア育成に尽力した。
記事/まるスポ編集部
