FA移籍後に戦力外や引退を余儀なくされた投手たち(写真はイメージ)
プロ野球のFA(フリーエージェント)制度は、華やかな期待と巨額の契約が動く一方で、環境の変化や故障、重圧によって本来の実力を発揮しきれない「移籍の難しさ」を孕んでいる。過去の事例から、新天地で苦戦を強いられた選手たちの足跡を振り返る。
【投手編】怪我や不調に泣いた実力者たち
投手にとって、環境の変化以上に恐ろしいのが予期せぬ故障である。かつてのエースたちも、その牙城を崩された。
川崎憲次郎(ヤクルト → 中日)
ヤクルトのエースとして一時代を築き、2001年に大きな期待を背負って中日へ移籍した。しかし、移籍直後のキャンプで肩を負傷。その後3年間、一軍登板なしという極めて苦しい時期を過ごした。2004年に開幕投手を務め復活を期したが、移籍後の白星を一度も挙げられないままマウンドを去った。
>> 川崎憲次郎、1274日の苦闘の末に果たした『Vの使者』としての使命 <<
山沖之彦(阪急・オリックス → 阪神)
通算112勝の実績を提げ、1995年に阪神へ移籍した。低迷するチームの救世主として期待されたが、故障の影響で本来の投球には程遠く、一軍での登板機会がないままわずか1年で現役引退を表明した。
小林宏之(ロッテ → 阪神)
ロッテの守護神として君臨し、2011年にセットアッパーとしての期待を受け阪神へ加入した。しかし、防御率6点台と精彩を欠き、救援失敗が続くなど本来の姿を見せられなかった。期待を裏切る形となり、わずか1年で戦力外通告を受ける非情な結末となった。
>>>【野手編】巨額契約の重圧と誤算——FA移籍後に戦力外や引退を余儀なくされた選手たち
記事/まるスポ編集部
