FAで移籍した野手の場合、打撃不振に加えて、移籍先のチーム事情やポジション争いが壁となる(写真はイメージ)
環境変化と層の厚さに阻まれたスターたち
野手の場合、打撃不振に加えて、移籍先のチーム事情やポジション争いが壁となるケースが目立つ。
【投手編】巨額契約の重圧と誤算——FA移籍後に戦力外や引退を余儀なくされた選手たち
森本稀哲(日本ハム → 横浜)
日本ハムの象徴的なムードメーカーであり、外野守備の名手としてゴールデングラブ賞の常連であった。2011年に横浜(現DeNA)へ移籍したが、度重なる怪我や打撃不振が重なり、本来の機動力や勝負強さを取り戻せなかった。輝きを放てないまま、3年でチームを去ることとなった。
野口寿浩(日本ハム → 阪神)
日本ハムの正捕手として鳴らし、2003年に阪神へ移籍した。しかし、同年から指揮を執った星野監督のもと、同じく新加入した矢野輝弘(燿大)が正捕手として固定された。ハイレベルな正捕手争いに敗れる形となり、控えに回る機会が急増。実力がありながらも出場機会に恵まれなかった。
陽岱鋼(日本ハム → 巨人)
走攻守の三拍子揃ったスター選手として、2017年に5年契約という大型契約で巨人に加入した。移籍初年度から怪我に泣かされ、その後も若手の台頭によって出場機会が激減。規定打席に到達することなく、期待されたほどの成績を残せないまま契約満了を迎えた。
記事/まるスポ編集部
