6月に移籍も戦力外。佐藤龍世は現役引退を表明した(画像はイメージ)
中日を戦力外となっていた佐藤龍世が現役引退を自身のSNSで表明した。投稿では“偉大な男を追いかけた7年間”として、西武で一緒にプレーした森友哉(オリックス)を写真とともに挙げた。
西武・佐藤龍世が中日に移籍。昨季は4番を打つも今季は一軍出場なく自身3度目のトレードに
佐藤は、富士大から18年ドラフト7位で西武に入団。ルーキーイヤーは新人で唯一開幕一軍に名を連ねるなど52試合に出場した。
しかし、2年目の20年4月に首都高の中央環状線を走行中、当時チームメートだった相内誠を乗せて自身が運転する自動車が法定最高速度60km/hのところを149km/hで走行し、道路交通法違反をしていたことが判明。
10月に懲役3か月・執行猶予2年の判決が下るなどがあり、この試合は一軍へ昇格することはなかった。
21年8月にはトレードで日本ハムへ移籍。地元球団で心機一転を図ったが、フライを打った際にバットを持ったまますぐにベンチへ戻るプレーが新庄剛志監督を怒らせ、「ああいうことをしていたら一生、1軍には上がれない」と苦言を呈されるシーンもあった。
そして23年から再びトレードで西武へと出戻りに。同年オフには背中を追いかける森の背番号10を受け継ぎ、24年はチームが91敗と低迷した中4番を務め、打率.244・7本塁打・34打点の成績を残していた。
そして今シーズン、さらに飛躍を期待されたが前年オフからファンに疑問を抱かれる言動から始まっていた。
新たに就任した西口文也監督は、外崎修汰を二塁から三塁へコンバートする構想を明らかにしていた。その際、主に三塁を守っていた佐藤は「外崎さんとは絶対に争いたくない。それならばライトに行く」と言い競争を放棄。
そして信頼をなくす追い討ちをかけたのがオープン戦期間中のことだった。
日本ハムとのオープン戦を終え北海道から静岡へと空路で移動する際に、佐藤の姿はなかったのだ。その理由はなんと寝坊であり、さらにチーム宿舎と別のホテルで女性と一夜を過ごした後の出来事だった。
佐藤はすぐに三軍へと降格し、ファームでの調整を余儀なくされていた。
そして、一部では本人が希望したともされるトレードで中日へと移籍。21年からの5年間で出戻りを含む3度のトレードという異例の形でもあった。
中日でも力を発揮することはできず、23試合で打率は.197・0本塁打・3打点に終わり、半年足らずで戦力外通告を受けた。
SNSでは「一旦野球とは離れます」と投稿した佐藤は野球人生にピリオドを打ち、ここから新たな人生へと踏み出した。
記事/まるスポ編集部
