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【カヌー 古谷利彦】雪の日に自転車に乗って生徒が練習場に来るんですよ。その姿が本当に嬉しかった…(後編)

――最近は国際交流が盛んになりましたが、当時としては珍しかったのではないでしょうか。

古谷:1989年前後ですね。ハンガリーのサントさんに来日していただき、合宿生活をしながらコーチングメソッドを教えて頂けました。同時に英語の勉強にもなりました。

 サントさんはアジア選手育成のための来日された方です。とにかくテクニカル・技術的なことを指導するため、全国を回っていました。石川県の木場潟に来られた時、私たちは本当に色々教えて頂きました。

 当時、私の学校から非常に強い選手、ジュニアとしてはトップクラスの選手が続けて数名誕生しました。その選手たちもサントさんに教えていただけた。

 なにより私のような地方の一指導者に対して交流の機会を与えてくれた、当時の日本カヌー連盟に感謝しますし、大会でいろいろな国に行く時コーチとして帯同させて頂き、外国の感覚を肌で体験することができました。

 1994年、広島でアジア競技大会が行われました。その前年に国際審判の資格を取らせてくれたことにも感謝しています。その後、オリンピックのアテネ大会からリオ大会まで全て審判をさせて頂きました。

 国際大会で審判をしつつ、国内では選手強化のお手伝いもできた。日本カヌー連盟で、専務になる前は国際部長や強化部長を担当していました。一地方の教員ですが、選手強化を任されたということは大変光栄なことです。

――ハンガリーのサントさんの指導内容と、それまでの日本の指導内容で違いがあれば教えてください。

古谷:ハンガリーはカヌーにおいて世界最強の国の一つです。ただ「漕げ漕げ」ではなく、正しいテクニック、パドルワークを学べたことです。あとは選手を指導する時、褒めること。自分自身が強い選手ではなかったので、選手には声をかける。声をかけてやる気と可能性を引き出すことをモットーとしています。

 教員時代の部員は、野球部よりも多く約60人いました。みんな辞めなかった。ジュニア選手権に出場する生徒もいれば、練習で他の選手にやっとついて行く生徒もいる。でも辞めなかった。生徒には、同じように声をかけました。それが辞めずにカヌーを続けてくれた理由の一つなのかも知れません。自慢話のようですいません(苦笑)。

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