4月、大雨の影響でテストイベントが中止。駆けつけた太田稔彦市長に状況を説明する本田氏
■日本カヌー界の未来を描く
――本田さんが描く日本のカヌースラローム界の未来像を教えてください。
本田:理想は世界選手権の決勝の舞台に、日本人が当たり前のように2人、3人と名を連ねている。そんなカヌー大国になることです。
オリンピックの出場枠はたった1つ。しかし、その「たった1枠」を奪い合うライバルたちの層がもっと厚くなってほしい。
1人の突出した天才に頼るのではなく、トップレベルで切磋琢磨する選手たちがひしめき合っている。そんな光景を作ることこそが、私がこの競技の未来に託す願いです。

――その未来を実現するためには、やはり「継続」こそが鍵になるのでしょうか?
本田:その通りです。嬉しいことに、杜若高校は2025年、ジュニア日本選手権で男女ともに総合優勝を成し遂げました。
こうした素晴らしい「若い芽」たちが、大学、そして社会人になってもパドルを離さず、競技を続けられる環境を、私たち大人が本気で整えていかなければなりません。
「一番になれないから辞める」という結果至上主義ではなく、「カヌーが好きだから、もっと上を目指したい、速くなりたい、うまくなりたい」と純粋に思える文化を根付かせたい。
今回の地元・愛知でのアジア競技大会が、子供たちが夢を持ち続け、カヌーと共に歩んでいくための大きなターニングポイントになることを心から願っています。
――約40年以上前、岡崎市カヌー練習場から始まった本田さんの挑戦。その情熱が未来へ向かっていますね。
本田:私はただ、皆さんに「来てよかった」と思ってもらえる準備をしたい。それだけです。
歴史を振り返ればいろいろありましたが、最後は選手たちの笑顔が見られれば…それが1番の報酬ですね。
<了>
プロフィール
本田泉(ほんだ いずみ)愛知県カヌー協会理事。豊田市カヌー協会会長。1994年の愛知国体を控え、1987年に未経験ながら杜若高等学校カヌー部顧問に就任。独学と現場での研鑽を積み、2002年に創部15年で同校を初の全国制覇へと導く。羽根田卓也選手をはじめとするトップアスリートの育成を支え、強豪愛知の礎を築いた。2005年に杜若高校退職後はスプリントのジュニアナショナルチームの監督・パラカヌーのナショナルチームの監督などを務め、現在は、2026年アジア競技大会の競技責任者(スポーツマネージャー)として、会場整備や運営の陣頭指揮を執っている。
記事/大楽聡詞
編集/まるスポ編集部
