「教育」の観点から応援にまで影響が及んでいる(画像はイメージ)
智辯和歌山の全国制覇で幕を閉じた夏の甲子園。ここでは球児たちのプレーとは別に、スタンドのある光景が話題を呼んだ。
第108回甲子園が今日開幕 酷暑対策への評価やドーム開催論などSNSで議論も
それは、選手個人の名前を書いたボードやうちわなどを掲げる応援が禁止となっていること。
大会本部は出場校に応援上の注意事項を伝えており、その背景にあるのが、特定の選手を過度に「ヒーロー視」しないという高校野球独自の考え方に基づいている。
こうしたルールの根底には、高校野球を「教育の一環」と位置付けてきた歴史がある。プロスポーツとは異なり、あくまで学校教育の中で行われる学生スポーツだからこそ、応援にも一定の規律を求めてきた。
しかし「教育」という言葉を巡っては、高校野球界で後を絶たない不祥事から矛盾を指摘する声も少なくない。
記憶に新しいのが、昨夏の甲子園を揺るがした広陵高の問題。野球部内での暴力事案が明らかになり、同校は初戦を戦った後に大会途中で出場を辞退する史上初の事態となった。
さらに今年6月には、甲子園で春夏合わせて4度の全国制覇を誇る和歌山・箕島高で、部員9人による集団いじめが発覚。日本学生野球協会から2カ月間の対外試合禁止処分を受け、学校側も会見で「いじめは絶対許されない」と謝罪している。
こうした問題が相次ぐ中、SNSでは「応援することが教育上何の問題なのか」「もっと先に正すべきことがあるのでは」といった趣旨の疑問も多く出ている。
このように「教育」を理由に一人の高校生を応援する表現まで制限するのであれば、高校野球界そのものが教育の理念をどこまで実現できているのかという疑問が生じるのも無理はなかった。
一方、高校野球の応援ルールに柔軟性がないわけではない。
昨夏、全国制覇を果たした沖縄尚学の応援で注目された沖縄の伝統的な「チョンダラー」は、「顔のペイント」などを理由に注意を受け、決勝では取りやめとなった。しかし今夏は「顔のペイント」「郷土色のある民俗衣装の着用」が禁止項目から削除され、再び甲子園のアルプス席に登場している。
ただ現在は甲子園で活躍すればその日のうちに選手の名前や映像がSNSで拡散され、一方でエラーやチャンスでの凡退で敗戦となれば”戦犯”として誹謗中傷的になる。
メディアも「プロ注目の」などと枕詞で注目選手を大きく取り上げる中、球場内だけで個人を「ヒーロー視」しないという考え方がどこまで実態に即しているのかという意見も見られる。
暴力やいじめといった深刻な問題が現在もなくならない中、友人や家族が選手個人の名前を掲げての応援を規制することが果たして相応しいのか。また議論の種が撒かれている。
記事/まるスポ編集部
